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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)871号 判決 1965年5月13日

控訴人 今橋商事株式会社

(旧商号 株式会社伴野ブラザース)

右代表者代表取締役 長嶋亀代造

右訴訟代理人弁護士 亀井譲太郎

被控訴人 インターナショナル・ユニオン・ラインズ・リミテッド

右代表者 デユイ・テイ・エッチ・チャイア

右訴訟代理人弁護士 山本泰辰

岸偉一

入江一郎

関口保太郎

石井万里

右弁護士山本泰辰訴訟復代理人弁護士 横田長次郎

主文

本件控訴(当審で減縮された請求に対する控訴)を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、次の事実は当事者間に争いがない。

(一)  被控訴会社は、肩書住所地に主たる事務所を有するリベリア国法人であり、本件船舶すなわち汽船ユニオン・バンカー号(総トン数三、六九〇トン四)の所有者である台湾台北市館前路八号復興航業公司(チャイナ・ユニオン・ラインズ・リミテッド)から傭船し、いわゆる長期傭船船主としてこれを運航していたものであり、控訴会社は肩書地に主たる事務所を有し貿易業を営むものである。

(二)  被控訴会社は、控訴会社との間に昭和三一年六月二六日東京において、右船舶につき左記内容の本件傭船契約を締結した。

(1)  被控訴会社は、控訴会社に対し右船舶を引渡しの日から一年間貸与すること。

(2)  傭船料は、各三〇日毎に英貨一万二、〇〇〇磅と定め、右引渡しの日から返還の日まで三〇日毎にロンドンにおいて前払いをすること。

(3)  もし、控訴会社が右傭船料の支払いを怠ったときは、被控訴会社は、なんら催告を要せず本契約を解除し、右船舶を傭船者の役務より引き揚げる権利を有する。

二、そして、≪証拠省略≫および弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  控訴会社は、本件船舶の所有者で被控訴会社の姉妹会社にあたる前記チャイナ・ユニオン・ラインズ・リミテッドとの間に昭和三一年一月一五日右船舶について傭船期間を二ヶ月ないし二ヶ月半(傭船者の選択による)とする傭船契約を締結し、右契約終了後引続き右船舶所有者との間に同年四月二日右船舶について傭船期間を六ヶ月とする傭船契約を締結したのであるが、前記のとおり、右船舶の長期傭船船主たる被控訴会社との間にその後引き続き本件傭船契約を締結し、昭和三二年一月三〇日大阪において右船舶の引渡しを受けた。

(二)  ところで、控訴会社は、これより先昭和三一年一二月四日本件傭船契約書の再傭船条項(第二〇項)に基づき訴外日東商船株式会社との間に、右船舶について傭船期間を六ヶ月とする再傭船契約を締結した(控訴会社は、右訴外会社との間に同年七月頃にも同種契約を締結したことがある)。なお、本件傭船契約は、外為法四二条にいわゆる役務に関する契約に属し、主務大臣の許可を必要とするものであるところ、これが許可申請手続は一切控訴会社に任されていたのであるが、再傭船者である右訴外会社において右船舶を運航する等の事情があったため、右許可申請については、控訴会社自らはこれをせず、右訴外会社が直接傭船する形式を仮装してこれをなすことを右訴外会社に依頼した。そこで、右訴外会社は、まず、昭和三一年七月二七日大蔵大臣に対し、本件船舶の所有者である前記チャイナ・ユニオン・ラインズ・リミテッドから直接これを傭船する形式の契約書(案)をそえて右許可の申請をなし、同年八月九日これが許可を受けた。さらに、右訴外会社は、右許可の期限が昭和三二年三月末日をもってきれるところから、同年四月一一日前記長期傭船船主たる被控訴会社から直接右船舶を傭船する形式の契約書(案)をそえて右同様の許可の申請をなし、同月二三日これが許可を受けた。

(三)  なお、右訴外会社は、前記再傭船契約に基づき控訴会社から右船舶の引渡しを受けてこれを運航するとともに、控訴会社の依頼によりこれに代って本件傭船契約所定の傭船料をロンドンに送金して被控訴会社に支払ってきた。ところで、右訴外会社は同年六月一一日右再傭船契約の期間満了により右船舶を返還すべき旨控訴会社に通告したうえ、おそくとも同月二八日までに福井県敦賀港においてこれを控訴会社に引き渡した。

(四)  控訴会社は、右引渡しを受けて後、右船舶でフイージー島スバ港に向けセメントを積み出す等の計画をたて、なお、本件傭船契約の期間満了後も引き続き本件船舶を傭船すべく希望していたのであるが、被控訴会社が昭和三二年七月一五日付書面で同年六月二九日午前九時以降の傭船料の支払義務不履行を理由として右傭船契約の解除ならびに右船舶の返還方を申し入れてきたので、やむなくこれに応じ、右船舶は同年七月一七日午前六時四九分愛媛県新居浜港に到着のうえ被控訴会社に引き渡された(右到着日時は当事者間に争いがない)。一方、被控訴会社は、前記同年六月二九日午前九時までの傭船料相当額については右訴外会社を通じてその支払いを受けたが、その後右船舶の引渡しを受けた前記同年七月一七日午前六時四九分までの分については、控訴会社はもちろん他の何人からもその支払いを受けていない。

以上の認定に反する当審での控訴会社代表者長嶋亀代造の供述部分は前掲各証拠と対比してにわかに信用し難く、ほかに右認定を動かすに足りる証拠はない。

三、そこで、被控訴会社主張の不当利得の成否を法例一一条に則り、その主張の利得の原因たる本件船舶の占有が現実に行なわれた地の法律すなわち日本法を適用して判断する。

(一)  控訴会社が前記訴外会社から本件船舶の返還を受け、その後これを被控訴会社に引き渡すまでの期間占有していたことは前記認定事実から容易に推認することができる。ところで、右期間は本件傭船契約所定の有効期間(前記のとおり右船舶引渡しの日から一年間)内であるけれども、右契約が結局その効力を生ずるに由ないものである以上(外為法四二条、外為令一七条一、二項所定の主務大臣の許可を欠くといういわば形式的な理由だけで右契約を一概に無効とすべきものであるかどうかについては、なお論議されるべき余地があろうけれども、原審裁判所においてこれが有効なものであることを前提とする被控訴会社の傭船料支払いの主たる請求を排斥し、これに対して被控訴会社から控訴の提起がなく、右契約が無効であることを前提とする被控訴会社の不当利得返還の予備的請求を認容する原判決に対し、控訴会社より控訴の申立てがあったのであるから、当裁判所としては右契約を無効なものとした上での不当利得返還請求権の存否のみを判断するほかはない。このことは論理上両立しない予備的請求の併合の場合には、両請求を相反する判断によってともに排斥することはできないものとされ、そのため弁論の分離、一部判決も許されないものとされていることに照らし明らかなところである。)、控訴会社は、前記訴外会社から右船舶の返還を受けこれを被控訴会社に引き渡すまでの前記期間なんら法律上の原因なくして右船舶を占有していたものといわなければならない。なお、貿易業者たる控訴会社は主務大臣の許可なくして本件傭船契約を締結することが許されないものであることを当初から知っていたものというべく、このことは前記認定事実に徴してたやすく推認できるところであるから、控訴会社は右船舶の占有使用について悪意の受益者であるとともに悪意の占有者としての責に任じなければならない。そうすると、民法一九〇条、七〇四条等の規定に照らし控訴会社が右船舶を自ら使用し、あるいは、これを他に傭船等してこれが傭船料その他の利得を受けた場合これを被控訴会社に返還すべき義務を負うのはもちろん、このような事実がなくても、利得(果実)の収取を怠ったものであれば、被控訴会社に対し果実代価の償還義務を負うものといわなければならない。

(二)  ところで、控訴会社が前記訴外会社から本件船舶の返還を受けて後フイージー島スバ港に向けセメントの積出し等を計画していたことは前記認定のとおりであるが、控訴会社が現実にこれを使用し、もしくは、他に傭船等して利得を受けていたことは、被控訴会社の全立証によるも、これを認めることができない。しかし、控訴会社が前記貿易業者であることからすれば、不可抗力等の特段の事情の認められない本件では、控訴会社は右利得(果実)の収取を怠ったものであり、被控訴会社に対し代価償還の義務を負うものというべく、その代価償還額は本件傭船料相当額を下らないものと推認すべきである。そして、右傭船料相当額を邦貨に換算すると、被控訴会社の請求する金七二二万〇、九〇〇円を下らないことが計数上明らかであるから、控訴会社は被控訴会社に対し、右金員の支払義務を負うものといわなければならない。

もっとも、被控訴会社は、民法一九〇条の果実代価償還義務については明らかに主張していないが、被控訴会社主張の本件船舶を法律上の原因なくして占有したことによる利得の返還請求につき不当利得一般の七〇四条の規定を適用するか、あるいはその特則たる民法一九〇条を適用するかは法律解釈の問題であって(果実代価償還義務は権利者の果実収取を妨げた損害賠償の趣旨であり、その実質においては民法七〇四条後段の損害賠償と異るところはない(大判、明治三九、一〇、四、参照)。)、裁判所は当事者の主張に拘束されないのであるから、この点につき当事者の主張と異なった判断をしたからといって、弁論主義に反するものでないことはいうまでもない。

(三)  控訴会社は、被控訴会社は不法原因により本件船舶の給付をなしたものであるから、かかる損害賠償等を求めることはできない旨主張する。しかし、右不法原因給付に該当するかどうかは、単に行為の形式が強行法規に違反するか否かによってではなく、むしろ、その実質が当時の国民生活ないしは国民感情に照らして反道徳的な醜悪な行為としてひんしゅくすべき程度の反社会性を有するかどうかによって決するのが相当であるところ(最高判、昭和三五、九、一六、参照)、被控訴会社が控訴会社に本件船舶を提供した経緯等前記認定の本件傭船契約の実態に照らし、これが主務大臣の許可を受けておらず無効であるとの理由だけで、直ちに、被控訴会社が右契約に基づき右船舶を控訴会社に提供した行為を目して不法原因給付に該当すると即断することを得ないのである。ほかに、これが不法原因給付に該当することを認め得る証拠はないから、右主張は採用しない。

四、以上の次第であるから、控訴会社は被控訴会社に対し前記金七二二万〇、九〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和三二年一一月一六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務あるものというべきである。したがって、これが支払いを求める被控訴人の本訴請求は正当であり、本件控訴は理由がない(ただし、被控訴会社は当審で請求を一部減縮したから、その限度で原判決は変更されたこととなる)。

よって、民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 金田宇佐夫 判事 田島敬太 判事古崎慶長は転任につき署名捺印することができない。裁判長判事 金田宇佐夫)

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